Wednesday, January 18, 2012

経済発展に「信頼」は必要か

記念すべき学術記事第1回目は、フランシス・フクヤマの"Trust: The Social Virtues and the Creation of Prosperity"(邦題:「信無くば立たずー歴史の終わり後何が反映の鍵を握るのか」)を軸にちょっと話します。

-フクヤマとその他学者の「信頼」論
フランシス・フクヤマは1996年にこの”Trust”を出版しました。ものすごく簡単に論旨を述べると、Trust(信頼)の高い国の国民はその信頼の高さ故に大規模企業を立ち上げる能力に特化していて、他方信頼の低い国は零細企業や家族経営にとどまるということになります。信頼の高い国というのは(フクヤマに言わせれば)アメリカ、日本、ドイツなどで、低い国は中国、フランス、イタリアなどです。見知らぬ人を信頼できる人が多いほどその国は信頼が高いということになり、これが大規模企業を運営する上での鍵だとフクヤマは論じています。
これらの国の信頼度が本当に高いかどうかは後ほど述べます。

以下はフクヤマの論を補完する、他の学者からの抜粋です。
そもそも信頼とはなんぞや、という話ですが、これについてはMisztalという学者が綺麗に定義しています。信頼とは、"to hold some expectations about something future or contingent or to have some belief as to how another person will perform on some future occasion. To trust is to believe that the results of somebody's intended action will be appropriate from our point of view."(Misztal, 1996)(訳:将来または偶発的な何かについて期待を抱くこと、または将来の状況における他人の行動にある信条をもつこと。言い換えればある人の意図した行動が我々の観点からいって適切な帰結をもたらすと信じること)。
フクヤマの論に通じますが、Gambette(2000)は信頼に「人の絆」や「価値観」を含めていません。複雑化した社会で協働するには、これらはあまりに脆弱だからです。中国やイタリアなどでは家族的絆が強い半面赤の他人を信頼するというものが欠けていることになります。
なお個人間、ミクロレベルの信頼と国内ルールや慣習といったマクロレベルの信頼は相互に影響しあうため、個人間信頼が高いというのはシステムとしての信頼が高いというのと同義としてよいと思われます。修身斉家治国平天下ですね。

さて上記の論もひっくるめてフクヤマの論を見ると、多少引っかかる所があります。
1)中国の発展を説明できない。
2)上記3カ国の信頼度数は本当に高いのか。
です。

-データからみる「信頼」
検証しようとぐぐってるうちに面白いデータを見つけたので紹介します。アメリカのコンサルティング会社ASEP/JDSがまとめた「信頼の国際間比較」です。
これは他人を信頼できるかどうかをアンケートで調べたもので、指数が100以上は多くの人が他人を信頼できると考え、100以下は他人と接するとき気を張っているとしたものです。
最高がノルウェーの148.0、最低がトリニダード・トバゴの7.5。
フクヤマが高い信頼を誇る国として数えた日本、アメリカ、ドイツはそれぞれ79.6、78.8、75.8(上位18,19,20位)となっており、そこまで高いとは言えません。上述した問い2はデータ上ではあまり信ぴょう性のある言説とは言えなさそうです。
上位に目を向けると、9位ニュージーランドまでが信頼指数100以上の国であり、1位から5位まで1国を除き北欧諸国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランド)が占めています。例外1国はどこだと思いますか。中国です。信頼指数120.9。フクヤマの言う「高信頼国」に大差をつけての4位です。

なぜ中国の信頼指数がここまで高いかという問題に対して、いくつかの仮説が考えられます。
1)アンケートを取る場所が都市に固まり、バイアスを生んだ。
2)儒教的家族観がヨーロッパ諸国の家族観と違い他人への信頼を育んだ。
これらの仮説はまた別の機会に検討したいと思います。

まとめ

ASEP/JDSのデータとフクヤマの言説から、信頼と経済発展に関して3つのタイプをまとめます。
1)高信頼・中経済モデル:北欧諸国。高信頼は独自の福祉政策からきている可能性が高い。ここでの信頼は経済規模とは無関係。
2)高信頼・高経済モデル:中国。高経済は高信頼からくるというフクヤマの論に当てはめれば納得のいく結果。
3)中信頼・高経済モデル:日本、アメリカ、ドイツ。戦後~20世紀後半に栄えた経済圏。
2・3から、高度経済成長中には高信頼が必要とされ、成長後安定期に入ると信頼を縮小するというのが一旦の仮説です。中国が安定期に入った後、この高すぎる信頼がどのように変遷していくかが一つの指標になると思います。


参考文献
フランシス・フクヤマ(1996) 「信無くば立たずー歴史の終わり後何が反映の鍵を握るのか」
D. Gambetta (2000) "Trust: Making and Breaking Cooperative Relations"
B. Misztal (1996) "Trust in Modern Societies"
(参考文献の書き方ちょっとめちゃくちゃですが、個人ブログなんで見逃して欲しいです。読んでいただきありがとうございました)

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