突然ですが、カタツムリの殻には右巻きと左巻きがあります。
多くの場合右巻きが主流で、左巻きを見るのは稀だそうです。今回はそれがなぜ稀か、そしてなぜそれでもなお生き残っているかについて話をします。
-進化と種分化
よく日本語で「進化」という言葉が使われます。もはや世界的に有名なあのゲームでもよく使われますね。あのゲームで行われているアレは「変態」だそうです。変態(metamorphose)とはごく短い期間に著しく形態を変えることを言います。
他方「進化」は、形態が変わることの一因として遺伝的なものがある場合にのみ当てはまります。世代間で形態やその他の特徴(分布やその特徴を含んだ個体数の割合含む)が変わることなので、長い時間を必要としています。
ちなみに英語では"evolution", 中国語では「演化」という言葉が使われ、「前進する」といったポジティブな意味合いはないそうです。
種分化(speciation)とは進化プロセスの一つで、なんらかの事情で交配不可(厳密な現象については後述)になった種が別れて進化することを言います。
例えばリンゴAとそれによく似たリンゴBがあるとします。リンゴに卵を生むハエがいて、それらリンゴに別々に卵を産みます。そこから数ヶ月して幼虫が成虫としてリンゴを食い破って出てきますが、問題はリンゴが熟す時期です。リンゴAは5月に熟し、リンゴBは9月に熟すとします。この場合双方のリンゴから出てくるハエは出会う機会がなく、それぞれ同種のリンゴから出てきたハエとしか交配しなくなります。これが種分化です。また卑近な例で言うと、人とチンパンジーは種分化の関係にあります。
種分化の関係にある動物同士は交配が不可能ですが、それは自然な交配が不可能で、またよしんば交配したとしてもなんらかの問題が起きるという意味です。例えばライオンとトラをかけ合わせて作られたライガーは、子孫を残せません。
-右巻き・左巻きカタツムリの謎

そのため左巻きのカタツムリは交尾相手の数が絶対的に少なく、進化としては一見矛盾しているように思われます。これならばあっさり淘汰されてもおかしくないが、進化し生き残ってるにはそれなりの理由があるはず。この謎を解いたのが細将貴先生です。次項に氏の仮説と検証を書きます。
-右利きヘビの仮説
氏は左巻きカタツムリが比較的多く生息する西表島に着目しました。西表島に生息するイワサキセダカヘビは右巻きのカタツムリを食べるという噂を聞きつけたからです。イワサキセダカヘビはカタツムリを食べる際、丸呑みではなくきれいに殻だけ残して捕食します(動画:閲覧注意)。ヘビの存在が巻の向きに関わっているのかもしれない、そう思って氏はヘビを捕獲し、仮説の検証に取り組みました。
イワサキセダカヘビの下顎の歯の数は左右で違っており、右巻きのカタツムリを食べるのに適していました。更に左巻きのカタツムリは高頻度でヘビの捕食を逃れています。これにより、左巻きのカタツムリは捕食者であるヘビから逃れるために進化した結果であると結論づけられました。
細将貴先生は学部生時代からこのアイディアを思いついており、この発見で進化の謎の一つを解きました。31歳という若年ですが、彼はイワサキセダカヘビとカタツムリでは世界一です。世界一にならなきゃ意味が無い、という研究者としてのシビアなお言葉を載せて本稿を閉じることにします。では。
参考文献
本稿は2012年1月22日オランダのライデン市にて行われた勉強会での会話を中心に、発表者である細将貴先生のネットインタビューで補完しつつまとめられています。言葉(特に専門用語)の誤用については編者が責任を負います。
以下に氏のインタビュー記事を載せます。また2月には本稿に関する氏の本が発表されるそうなので、興味が有る方はそちらもあわせてお読みください。
インタビュー
・日本進化学会奨励賞受賞記:「右利きのヘビと私」
http://sesj.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20111114200040-DB164BC02BD9DEE68BBF8E76AB9722787A49390FC228BFE89C59C773A5C3A175.pdf
・東北大学生態適応グローバルCOE;「生物多様性は可能性」
http://gema.biology.tohoku.ac.jp/interview_hoso_masaki-1.html
・宮城の新聞:「左巻きカタツムリの進化はヘビが引き起こした/そもそも科学ってなんだろう?」
http://shinbun.fan-miyagi.jp/article/article_20110223.php
書籍
「右利きヘビの仮説-追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化」
bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4486018451.html